TOP > そんな自分を好きになる 家族ってなんだろ? 人間関係の悩み 人生どうにかしたい > 愛情がわからない大人になる原因は幼少期に。恋愛下手で人間不信の私の話 | コラム8
皆さんは、愛されているという感覚がわかりますか?
ゆの
愛情を感じているかどうかを考えずに生きてきたということは、そもそも「そんなこと考える必要がない」から。
正直、筆者には愛情があまりよくわかりません。
ゆの
愛情がわからないというのはなかなか辛いもので、いつもどこかで人のことを疑いながら、愛情を履き違えて表現したり、変な受け取り方をしてしまうことがある。
幼少期に愛されて育っていないことが、大人になってこんなにも自分を苦しめるとは思ってもみませんでした。
自分に向けられた愛情がわからないやるせなさと葛藤を、今日はお伝えします。
このページの目次
幼少期、家庭内に問題があり、それによって傷ついたまま大人になった人のことを「アダルト・チルドレン」と言います。
つまり、機能不全家族のもとで育った子はアダルト・チルドレンになる可能性が高いということ。
ゆの
アダルトチルドレン(AC)とは、現在の自分の生きづらさが親や家族との関係によると考えている状態を指す概念です。医学的な診断名ではありませんが「自分はアダルトチルドレンではないか」と考えて悩んでいる人も多くいます。(引用:りたりこ仕事ナビ)
アダルト・チルドレンは他人からの愛情がわかりにくいと思われているし、実際にそう思う。
というのも、私は「愛情がわからないとか、意味がわからない」と何度か言われたことがありますが、愛情が何かを歪んで捉えてしまったが故に、わからなくても仕方ないと、もはや諦めている。
そして「どういうことが愛情なのか、同情や親切とどう違うのか」と、悩まなくてもいいことに悩んで、日々悶々としている人は意外と多いとも思う。
ちなみに、しばしば「メンヘラ行動」で周囲をドン引きさせる私ですが、正直好きで道路に寝転がったり、家を飛び出したり、窓からダイブしているわけではない。
いや、じゃあなんなのよ?なぞだわ…と言われると。
ゆの
そう、不安だからの一言に尽きる。愛されている実感がないから、試してしまう。
本当に私のことが好きなのか、大切にされているのか、気にかけてもらえているのか。愛情がよくわからないから、毎日をただ過ごしているだけだと、そういう”大事にされている感”ってわからないんですよね。
だからふとしたことで、「自分は嫌われている」「本当は要らないと思われている」とショックを受けて、メンドクサイ奴になってしまう。たとえ隣にいても孤独だし、恐くて泣きそうになってしまうのです。
じゃあ愛情をまったく感じられないの?と言えば、わかりやすく受け取る方法はないことはない。
ゆの
好意として物を受け取る、言葉がある。これはわかりやすく「好かれている」あるいは「嫌われてはいない」と思える行動の一つ。
けれど、何かもらうのと同時に「何か裏があるに違いない」とも思っている。自分に自信がない分、純粋な好意として受け取れない。
それでも、毎日のように「ありがとう」「助かってるよ」とか、「大丈夫だよ」「好きだよ」と言ってもらえると、歩みは遅いけど少しずつ自信には繋がってくる。
問題なのは、その歩みが遅すぎて「こんなに肯定してあげてるのに、何も変わらない」と思われて、状態が良くなる前に突き放されてしまうこと。
ゆの
だからメンヘラって、いつまで経っても直らないんだよなあ。
もし恋人や友人が「愛情がよくわからない」と言い出したら、とりあえずどうしてそう思うのか聞けたら聞いてほしい。
常に人のご機嫌をうかがいながら、自分のことを生きている価値のない人間だと思いながら過ごしている中で、心を許して話をしたいと思っている兆しだから。
もしその理由に共感できなかったとしても「そうなんだね」って言うだけでも、割と安心できたりする。
欲を言えば「それでも好きだよ」の一言があるだけで、ひどく救われるし、今後の突飛な行動を取ることも減ってくるはず。
毎日言葉があるだけで、私もあなたもすごく楽になったりする。
毒親にさよなら!親から離れたい人が自立して暮らすための方法と考え方
メンヘラ化する原因をつくった家族の話を公開しながら、愛されずに育った子供が大人になってどんなことに苦しんでいるのか、心にどんな傷を抱えながら生きているのか、その苦しさや葛藤を伝えたいです。
▽【メンヘラなるままに、日暮し】はこちらから
vol.1「愛すべき母親に捧ぐ」
vol.2「呪いの言葉をかけた祖母」
vol.3「自己肯定感が低くても仕方ないって笑えばいいよね」
vol.4「毒親あるある 普通の家庭を知らない子供」
vol.5「毒親育ちだと子供はいらない・欲しくなくなるその理由」
vol.6「親に殺されるかもしれない」
vol.7「親に感謝できない子供の気持ち」