親ガチャハズレたけど親から見れば子ガチャもハズレなのか?毒親育ちが考えるガチャと境遇

記事更新日: 2021/10/13

ライター: ゆの

いま流行の”親ガチャ”

アタリかハズレかと言えば、私の場合はもちろんハズレである。

ゆの

私は祖母ガチャも兄ガチャもハズレだから『家族ガチャ』ってくくった方がいいかもな~

そもそも”親ガチャ”とは、

子供は親を選べない

どんな境遇で生まれてくるのかは運任せ

という意味で使われる、ネットスラングから生まれた言葉。ソーシャルゲームでキャラクターを引き当てる時に引く、”ガチャ”と掛けられている。

私はスマホのゲームはさっぱりだけど、硬貨を入れるリアルな”ガチャガチャ”は好きで『星のカービィ』があると必ず立ち寄ってしまう。

だから、欲しかったものが出てこなかった時の「あーハズレた!」というガッカリ感はよくわかる。

ゆの

欲しいのはそれじゃないんだよぉぉぉ!!ってなるアレね。しかも目当てのものがある時に限って、何回やっても欲しいものだけ出なかったりするんだよなぁ……(痛い出費)

でも、リアルなガチャなら正直どうにでもなる。

目当てのものがまだ残っているとさえわかっていれば当たるまで回し続けることもできる。

どうしても欲しいならダブって持っている人から購入したり、トレードするという方法もある。

しかし、親ガチャを引けるのは一度きりで、(基本は)買ったり交換したりすることはできない。

ゆの

だから虐待などで親に苦しめられている人からすれば、親ガチャは割と深刻な話題なんだよね。
明るく笑って「親ガチャハズレた、わはは」と言えるだけの強さがない人もきっと多いと思う。

いま話題の”親ガチャ”が、なぜこんなにも取り沙汰されているのかを考えてみました。

ライタープロフィール
ゆの
自他共に認めるハードメンヘラ。 毒親に育てられたあの頃の記憶をたどりながら、コラム『メンヘラなるままに、日暮し』をはじめ、まともな恋愛ができなくなりダメンズでこじらせた体験などを記事にしています。

メンヘラ化する原因をつくった家族の話を公開しながら、愛されずに育った子供が大人になってどんなことに苦しんでいるのか、心にどんな傷を抱えながら生きているのか、その苦しさや葛藤を伝えます。


ゆの毒親コラムはこちらから
vol.1「愛すべき母親に捧ぐ
vol.2「呪いの言葉をかけた祖母
vol.3「自己肯定感が低くても仕方ないって笑えばいいよね
vol.4「毒親あるある 普通の家庭を知らない子供
vol.5「子供はいらない だって愛し方がわからないから

非現実世界にリンクするちょうどいいキャッチーさ

「親ガチャハズレた」と言う人を「環境のせいにしすぎだ」と指摘する人もいる。確かに、気持ちのいい言葉ではないから。

ただ、程度の大きい小さいはあっても、実はその言葉に心底共鳴して、何かから逃げたくてつい口に出してしまう人だっているだろうと思っている。

特に、”親ガチャ”はソーシャルゲームの言葉。リアルを離れて、死んでも生き還る世界に身を置くことは一種の逃避であるし、現実に目を向けない時間が長ければ長いほど、その分気持ちもラク。

リアルで生きている辛さを「ガチャがハズレたせい」にすることで、均衡を保っている人だっている。

もちろん流行っているからと軽口で言ってるだけの人もいるだろうけど、その半分くらいは、笑いながらも本当に環境を憂いて悩んでいる人がいるんじゃないだろうか。

きやすくてキャッチーな言葉で隠していても、本当の気持ちはわからないことは多いから。だから本当はすごく怖い。

ゆの

「おっ上手いこと言うね!」と思った半面、その気楽な言葉で片づけられないほどのドス黒い気持ちと葛藤が出てきた。口に出している言葉の軽さと心の重さは必ずしも比例しないんだな。

親ガチャはハズレても他のガチャでは大アタリ

確かに私は親ガチャに恵まれなかった。

だからと言って、まったく誰も私のことを助けてくれなかったのかと言えば、そうじゃない。

家族には恵まれなかったぶん、有難いことに、友人や仕事の関係者、趣味の仲間には感謝しきれないほど恵まれた。

例えば、反抗して親にだけは「ガチャハズレたわ」と言っていたり、そもそも自分が努力していないことを周囲のせいにしていれば、喝が入っても、まぁ仕方ない。

気持ちはわかるけど「甘えている」と言われてしまう人はいるとは思う。

ただ、親のことで頭がいっぱいで、目の前の”親ガチャ”しか見えていないのなら、それはかなりもったいない。隣にあるガチャガチャにも興味持ってみたらいいと思う。

ゆの

助けてくれる人は絶対にいて、案外気づいていないだけだったりするから!

私も”子ガチャ”としてはハズレです

こうして親のことをいろいろ言ってはいるが、親からすれば私だって「子ガチャ」のハズレキャラであることに違いない。

実際、ガチャの概念ができる前から「どうしてアンタはそんなに出来が悪いのよ!失敗だわ!!!」と、ヒステリックに叫ばれたり、「お前はGキブリ以下だ」と言われ続けてきたため、彼らも”子ガチャ”には運がなかったということはわかる。

私が他人をジャッジしているように、私だって他人から「アタリかハズレか」をジャッジをされているのだ。

お互い様と言えば、お互い様である部分もあることは否めない。

ゆの

でも、他人からハズレだと思われていると考えると、自己肯定感が低いだけに悲しくなってくるので、”アタリかハズレか”ではあまり考えないようにしてやり過ごしています。

すべてが境遇のせいなのか?見え方を変えられないかの論争

子供は親を選べないし、どんな境遇で生まれてくるのかは運任せであることは変えられない。

誰だって、気がついてから後悔することはもちろんある(転生モノが流行る理由もちょっとわかる)。

境遇がすべてで「自分はなんて不幸なんだ」と泣いたり命を絶とう思った時期はあったけれど、いま親から距離を置いて少し冷静になってみると、「あの人たちもかわいそうな人生を歩んでいるな」と見え方が変わってきた。

自分の幸せのすべてが、生まれた時の境遇で決まるのかと言うと、それは違う。どうにかなることだっていっぱいある。

ゆの

——ということを伝えたい人が、”親ガチャ”論議して白熱しているんだろうな、というのが私の見解。

確かに、人生は辛いことだけじゃないはずだからね。(まずは他人からアタリだと思われたい…)

この記事を書いたライター

ゆの

毒親(機能不全家族)の元で育ったアダルトチルドレン。メンヘラ歴は早20数年。ダメな男に引っかかり続けたけど、さすがにそろそろ幸せになりたくて、メンヘラ改善と自己肯定感を高めるために試行錯誤の毎日。好きな言葉は「元気があれば(大体のことは)なんでもできる」。

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