親に殺されるかもしれない | 毒親に育てられたいい子の私・コラム6

記事更新日: 2021/10/30

ライター: ゆの

非常に重い話であるが、幼少期に一家心中未遂があってから親に殺されるかもしれないと思い、不眠症を発症した。

当時の記憶の断片を切り取り、いまコラムとして少しずつ公開しているのでもし興味があればバックナンバーもご覧いただきたい。

恐ろしい記憶は封印してしまおうと心の制御装置が働くためなのか、物心ついてから祖母に「母の心中の全貌」を聞くまでその頃のことは忘れていた。しかし一度フラッシュバックしてしまった後は、雪崩のようにすべてのことが蘇った。

ゆの

あまりに辛いことがあると、人間は記憶に蓋をするんだな~と実感しましたね。
脳は一度覚えたことは忘れないんだなとも思った。こういうのが、なんでテストとかの時に発揮されないんだろうか…不思議だわ~

しかし、親に殺されるかもしれないと感じるタイミングは、毒親育ちの場合一度や二度ではない。

そしていま、コロナの影響による子供の自殺数が過去最多になったという。

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結果的に生きて大人になった私は、心中しようとしたあの頃の母の年齢もとうに追い越してしまったが、どんなに疲れていても眠れない日が続くこともある。

もう親に殺されることはないとわかっていても、それでも夜中にハッと目が覚めて異常に早い心拍数に、自分で驚いたりする。

大人になるのは怖い。いつか母のようになってしまうのではないかと不安になる。

そんな気持ちのまま、子供たちのいまを考える。

ライタープロフィール
ゆの
自他共に認めるハードメンヘラ。 毒親に育てられたあの頃の記憶をたどりながら、コラム『メンヘラなるままに、日暮し』をはじめ、まともな恋愛ができなくなりダメンズでこじらせた体験を記事にしています。
メンヘラ化する原因をつくった家族の話を公開しながら、愛されずに育った子供が大人になってどんなことに苦しんでいるのか、心にどんな傷を抱えながら生きているのか、その苦しさや葛藤を伝えたいです。


▽【メンヘラなるままに、日暮し】はこちらから
vol.1「愛すべき母親に捧ぐ
vol.2「呪いの言葉をかけた祖母
vol.3「自己肯定感が低くても仕方ないって笑えばいいよね
vol.4「毒親あるある 普通の家庭を知らない子供
vol.5「毒親育ちだと子供はいらない・欲しくなくなるその理由

子供の居場所がない現実

子供の見ている世界は、なんだかんだ非常に狭い。

インターネットでもっと広い世界や多様な生き方を知ることができる時代になっても、それでも、子供の世界は学校とその延長の塾や習い事と、家庭である。

コロナ禍で学校や塾といった外の世界がなくなってしまえば、当然家庭に閉じ込められる。

もちろん学校よりも家庭の方が窮屈だという子もいるはずだが、コロナ前には顕在化していなかった親のストレスが子供に向かってしまったその時、家庭に子供の居場所がなくなるのは当然だろう。

以前お話をうかがった「Mama Cafeコミュニティ」の石田勝紀さんは、『子供居場所を守るためには、いまは親のストレスケアをしなければいけない』と話していたが、その通りだと思う。

子供は幼ければ幼いほど、その世界は親を中心にまわる。それはコロナ禍であろうがなかろうが、同じこと。

大人が子供の居場所をつくっているということは、絶対に忘れてはいけないのだ。

誰か死んではじめて助けられる

結果的に私の家の心中は未遂に終わって、幸か不幸か私はまだ生きている。

私の家の異常はしばらく発覚されなかった。ではどうして助かったのかと言うと、母が自分で祖母に電話したことで公になったのだ。

たしかに、夜な夜なそっと包丁を握りしめるようなことだけで周りが気づくはずもない。母は引きこもっていたし、母から愛されていた兄は学校でもそこそこ活発で、私は周りとズレていたため友達がいない陰キャだったが、別にいじめに合っていたわけではない(むしろ、活動的になってからの方が敵が多かった)。

当時は40人近い生徒を教師一人で見るような時代だったので、学校で大きな問題がなければ家庭訪問などもしない。気にかけてくれる大人はいないのだ(とはいえ、一度私が学校に毎日遅刻してくることで問題になったことはある)。

誰かが死ななければ、静かなネグレクトなど気づかれることはないのである。

どうして誰も気がつけないのか

全般的に見れば、ご近所づきあいがなくなってしまったこと、核家族化の影響などが理由に考えられるが、むしろどうしたら気がつけるのかを考えた方がいいように思う。

筆者宅を例にすると、ウチはそもそも祖母が一番の悪だった。もし祖母が近くに住んでいるあるいは同居している状況だったらどうなっていたのか考えたくもない。

ご近所づきあいにしても、人見知りの母をわざわざ気にかけてくれるお節介な人が一体どのくらいいるだろうか。むしろ自分よりもはるかに母親として”できた”人間を見ることで劣等感に拍車をかけるだけだろう。

たとえ違和感があったとしても、虐待だと明らかにわかるケースだけではない。他人が確信のないものにどこまで踏み込むことができるのか。そんな正義感の強い人が世の中に一体どのくらいだろう。

悲しい話をしてしまうが、気がつくのは非常に難しい。本人からSOSを出すことがいまのところ一番の近道であり、その前に子供の精神も崩壊してしまう。

他人ができることは少ない。だから、せめてと、学校ボランティアに関わったりしている。それが偽善で欺まんだと言う人がいても、まだ私も立ち直っている途中だから。

 

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この記事を書いたライター

ゆの

毒親(機能不全家族)の元で育ったアダルトチルドレン。メンヘラ歴は早20数年。ダメな男に引っかかり続けたけど、さすがにそろそろ幸せになりたくて、メンヘラ改善と自己肯定感を高めるために試行錯誤の毎日。好きな言葉は「元気があれば(大体のことは)なんでもできる」。

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